「うちみたいな小さいところでも、社会保険は入らないといけないんですか」
高崎市内で電気工事業をやっている方から、法人成りの相談でそう聞かれました。個人事業で12年、雇っているのは電気工事士が1名。見積書も請求書も、現場から帰った後に社長がひとりで作っています。ふたりとも国民健康保険と国民年金でやってきました。
法人になれば、人数に関係なく強制加入です。社長ひとりの会社でも同じ。この方の場合、会社が新しく負担する保険料は年間165万円ほどになる計算でした。役員報酬や給与とは別に、それだけの固定費が乗ります。金額を見てから決めたいというお気持ちは当然なので、先に試算をお見せしました。
目次
個人事業と法人では、加入義務の判定がまったく違う
個人事業所が健康保険と厚生年金の強制適用になるのは、法律で定められた17の業種で、常時5人以上の従業員を使用している場合です。事業主本人は人数に数えません。冒頭の電気工事業は職人1名だけだったので、対象外でした。社長も職人も自分で国民健康保険に入り、国民年金を納めていた。何も違法ではありません。
法人には、この人数要件がありません。社長ひとりで役員報酬を払っているだけの会社でも、加入義務が生じます。業種の限定もない。法人成りをするということは、社会保険に入るということとほぼ同じ意味になります。
建設業のように、元請から加入状況を確認されて法人成りを決める方もいます。その場合は保険料が目的そのものなので納得ずくですが、資金や取引の都合で法人成りをする方にとっては、想定していなかった固定費として現れます。現場入場を理由に法人成りをするケースは一人親方の法人成り|元請に期限を切られてから決める6つのことで書きました。
電気工事業で試算した、年165万円の新しい固定費
法人成り後の給与を、次のように置いて計算しました。社長の役員報酬が月60万円で45歳。職人のAさんが月32万円で38歳。
社長 会社負担 月91,260円/年1,095,120円
Aさん 会社負担 月46,112円/年553,344円
合計で年164万8,464円。厚生年金18.3%、健康保険9.8%、40歳以上は介護保険1.6%を加算、子ども・子育て拠出金0.36%として計算した概算です。料率は毎年改定され、健康保険料率は都道府県ごとに違うので、実際の金額は年度によって動きます。賞与を出せばそこにも同じ料率がかかります。
この方が長く見ていたのは、Aさん1人分の55万円のほうでした。個人事業のときは、職人が自分で国保と国民年金に入っていたので、会社の帳簿には1円も出てこなかった支出です。法人成りをすると、それが人件費として顔を出す。しかも人を1人増やすたびに同じだけ積み上がります。職人をもう1名雇う計画があったので、その分も先に計算しました。
計算は標準報酬月額から始まる
給与そのものではなく、等級に当てはめる
保険料は給与の額に直接料率を掛けるのではなく、標準報酬月額という等級に当てはめてから計算します。月給32万円の方なら32万円の等級、月給33万5千円なら34万円の等級、といった区切りです。
等級の境目をまたぐと保険料が変わります。給与を1万円上げたつもりが、等級がひとつ上がって会社負担が月2千円ほど増えることがある。昇給を決めるときに等級表を見ておくと、思わぬ増え方を避けられます。
等級は毎年4月から6月の給与をもとに9月に見直されます。この3か月に残業が集中すると、1年分の保険料が高いところで固定されてしまう。建設や電気工事は年度末に工期が集中するので、この点では有利に働きます。ただし3月に終わらなかった工事が4月へずれ込み、その残業が4月から6月の給与に乗ると、1年分の等級がそこで決まってしまいます。
40歳を超えると介護保険料が乗る
40歳から64歳までは介護保険の第2号被保険者になり、健康保険料に介護保険料率が上乗せされます。社長の会社負担が月9万円を超えているのは、役員報酬が高いことに加えて45歳で介護保険料が乗っているからです。
Aさんは38歳なので、いまは介護保険料がかかっていません。40歳の誕生日を迎えた月から上がります。人数の少ない会社では、誰かが40歳になる年に人件費が静かに増える。給与を変えていないのに社会保険料が増えた、という相談はたいていこれです。
人を雇うとき、全員が加入するわけではない
この方は事務を誰かに任せたいと考えていました。人を雇っても、その全員が被保険者になるわけではありません。原則は、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数が、通常の従業員の4分の3以上あるかどうか。週40時間の会社なら、週30時間が目安になります。
これに満たない短時間労働者でも、週20時間以上などの要件を満たせば加入対象になる制度がありますが、これには企業規模の条件が付いています。2026年8月時点では、厚生年金の被保険者が51人以上の企業が対象です。この会社は2人なので、事務を週20時間のパートで頼む分には加入させる義務が生じません。
ただしこの企業規模の条件は、2025年に成立した年金制度改正法で段階的になくなります。2027年10月から36人以上、2029年10月から21人以上、2032年10月から11人以上、そして2035年10月には規模にかかわらず対象です。あわせて、月額賃金8万8千円以上という賃金要件は2026年10月に撤廃される予定で、判定の軸は収入から労働時間へ移っていきます。
10年先の話に見えますが、これから週20時間で雇う方も、いずれ加入対象になります。人を増やす計画があるなら、その時点の人件費として見込んでおいてください。
従業員の手取りは減るとは限らない
社会保険に入ると従業員の手取りが減る、と説明されがちです。実際に給与明細から控除される額は増えますが、それまで払っていた国民健康保険料と国民年金保険料はなくなります。
Aさんは38歳で、奥様と小さなお子さんがいました。国民年金は本人と奥様の2人分が必要で、1人あたり月17,000円台。年間で42万円ほどです。加えて国民健康保険料が世帯の所得と人数で決まり、この給与水準なら年40万円台になります。合計すると80万円を超えていました。
厚生年金と健康保険に切り替わると、本人負担は月44,960円、年間で約54万円です。しかも扶養に入る奥様は国民年金の第3号被保険者になるので保険料がかからず、健康保険も家族の分で追加の保険料は発生しません。国民健康保険には人数に応じた均等割があるので、家族が多いほど差が開きます。
将来受け取る年金も、国民年金だけの場合より厚生年金の分だけ増えます。傷病手当金と出産手当金は健康保険にしかない給付です。法人成りを従業員に説明するとき、負担が増える話だけをすると反発されますが、家族構成によっては手取りが増える方もいる。個別に計算して見せるのがいちばん早い方法です。国民健康保険料は市町村ごとに計算方法が違うため、金額は高崎市の水準をもとにした概算です。
役員報酬を下げれば安くなるが、下げすぎると別の問題が出る
社会保険料を抑える方法として、役員報酬を低く設定するという話をよく聞きます。標準報酬月額が下がれば保険料も下がるので、理屈は合っています。
ただし報酬を下げた分は会社に利益として残り、そこに法人税等がかかります。社長個人の生活費が足りなくなれば会社から借りることになり、決算書に役員貸付金が立つ。この科目が融資の場面でどう扱われるかは法人成りと信用力|500万円の相談が150万円になった理由に書いたとおりです。
将来の年金額も報酬に連動します。20年30年と低い報酬で通せば、受け取る老齢厚生年金はその分だけ少なくなる。目先の保険料と引き換えに何を差し出しているのかを確認したうえで決めてください。税金と保険料を合わせた最適な水準の求め方は法人成りの損益分岐点|利益いくらから得かは役員報酬で変わるで計算しています。
届出は5日以内、未加入は2年さかのぼる
法人を設立したら、新規適用届を事実の発生から5日以内に年金事務所へ出します。従業員の被保険者資格取得届も同じく5日以内。登記が完了してから慌てて動くと間に合わないので、設立の段取りと一緒に組んでおいてください。設立日から逆算した日程は会社設立の流れと必要書類|高崎で4月1日設立に間に合わせた実際の日程にまとめました。
保険料が重いからと加入を先送りする方がまれにいます。法人の登記情報は年金機構が把握しているので、未加入の会社には文書が届き、それでも動かなければ調査に進みます。加入が確認されると、最大で2年さかのぼって保険料を徴収されます。従業員の負担分も含めた金額を会社が一括で払うことになるので、資金繰りが止まります。
年165万円という数字は、法人成りを止める理由にはなりません。ただ、知らないまま設立して2期目に気づくのと、設立前に織り込んで役員報酬と価格を決めるのとでは、会社の残り方が変わります。
法人成りと社会保険のご相談
ミノラス会計事務所では、法人成りにあたって社会保険料を含めた人件費の試算、役員報酬の設定、従業員への説明資料の作成までお手伝いしています。従業員の方ごとに国民健康保険との比較を出すこともできます。
TEL 027-386-2807(平日9:00〜18:00)
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公認会計士・税理士・行政書士 長島祐太















