個人の工具と車は会社に移さない|貸すほうが早い理由と賃料の決め方【群馬・高崎】

「工具も車も、会社の名義に変えるんですよね」

高崎市内で給排水設備の工事をしている方から、法人成りの打ち合わせでそう聞かれました。個人事業で8年、職人を1名雇い、事務をパートの奥様が見ている。ユニック付きのトラックと、現場で使う工具一式。それに日本政策金融公庫から借りた運転資金の残りが500万円ありました。

名義は変えませんでした。個人のまま持っておいて、会社に貸す形にしています。当事務所で法人成りをお手伝いする場合、車両と工具についてはこちらのほうが多い。売買で移すと、儲かってもいないのに税金が出るからです。この方の場合、試算したら17万円ほどでした。

資産は移さずに、社長が会社に貸す

個人事業で使っていた資産を法人で使う方法は、売買、現物出資、賃貸借の三つです。

現物出資は最初に外してください。500万円を超えると検査役の調査が必要になり、それ以下でも定款への記載と調査報告書が要ります。価額が過大だと発起人と設立時取締役が差額を支払う責任を負う。トラック1台のためにこの手続きを踏む理由がありません。

残るのは売買と賃貸借ですが、動産については賃貸借を選ぶことが多くなります。所有権は社長個人に残したまま、会社が毎月の賃料を払って借りる。名義変更の手続きが要らず、移転登録の費用もかからない。ローンや所有権留保が付いている車両でも、そのまま使えます。

売買を選ぶのは、その資産を担保に入れる予定があるときや、会社の資産として決算書に載せたい事情があるときです。会社名義の資産が薄いと、金融機関から見える会社の規模は小さくなります。ただ法人成り直後の審査で見られているのは個人事業時代の実績なので、トラック1台の有無で結論は動きません。この点は法人成りと信用力|500万円の相談が150万円になった理由で書いたとおりです。

売買で移すと17万円かかる、と試算した

冒頭の方には、両方の数字を並べてお見せしました。

トラックは4年前に330万円で買ったもので、耐用年数6年の定額法。償却率0.167で年間55万円ほど落としてきたので、未償却残高は110万円です。工具は1点あたり30万円未満だったため、少額減価償却資産の特例で買った年に全額を経費にしています。帳簿上はゼロですが、中古で見れば80万円ほどの価値がありました。

合計190万円で会社に売る、という前提で計算すると、消費税が7万6千円、所得税と住民税が合わせて9万円。約17万円です。トラックは帳簿価額どおりに売っているので、儲けは1円も出ていません。

簡易課税では固定資産の売却が第四種になる

消費税は儲けにかかる税金ではありません。事業として資産を譲渡すれば課税されます。個人が課税事業者なら、法人への売却は課税売上です。190万円の譲渡で預かる消費税は19万円になります。

この方は簡易課税を選んでいました。簡易課税は売上を業種ごとの区分に当てはめてみなし仕入率を掛けるのですが、事業用固定資産の売却は本業の区分ではなく第四種事業になります。みなし仕入率は60%。預かった19万円に対して仕入税額とみなされるのが11万4千円で、差額の7万6千円が納税額です。

経費で落としきった工具は簿価ゼロから始まる

所得税のほうを見ます。事業用の減価償却資産を売った利益は事業所得ではなく譲渡所得です。トラックは110万円で売って帳簿価額も110万円なので、利益はゼロ。

工具は違います。買った年に全額を経費にしているので帳簿価額はゼロ。80万円で売れば80万円がまるごと譲渡益になります。総合課税の譲渡所得には50万円の特別控除があるので、残る30万円が課税対象。この方の所得水準では所得税と住民税を合わせておよそ30%で、9万円ほどの負担でした。税率は他の所得と合算して決まるので、金額は人によって変わります。

名義を変えるだけで17万円。しかも会社側は、簿価110万円のトラックを引き継ぐだけなので、その後に落とせる減価償却費は個人で持っていた場合と変わりません。払う意味のある17万円ではありませんでした。

賃料は減価償却費より低いところに置く

貸す場合に迷うのが賃料です。この方はトラックと工具をまとめて月3万円、年間36万円にしました。

個人側では、この36万円が雑所得になります。事業をやめても、貸している以上は収入が立つ。ただし必要経費を引けます。トラックの減価償却費が年55万円残っているので、収入36万円を上回る。雑所得はゼロになり、所得税はかかりません。雑所得の赤字は他の所得と通算できないため、マイナス分が戻ってくるわけではありませんが、税金は出ない。

会社側は36万円を賃借料として経費にします。実効税率を30%とすれば、法人税等が11万円ほど減る計算です。個人に税金が出ないまま、会社の利益を圧縮できる。売買で17万円払う代わりに、こちらは毎年11万円が浮きます。

賃料をいくらにするかは、レンタル相場と、個人側で負担している費用の合計から決めます。高すぎると役員賞与とみなされて損金にならず、低すぎると会社の経費が取れない。減価償却費と、自動車税や任意保険のうち個人が負担している分を足した金額を上限の目安にすると、説明のつく水準に収まります。

注意が要るのは、償却が終わった後です。この方の場合、あと2年で減価償却費がなくなります。そうすると賃料36万円がそのまま雑所得になる。役員報酬だけで年末調整が済んでいる方は、給与以外の所得が20万円以下なら所得税の確定申告が不要ですが、36万円では超えます。住民税の申告は金額にかかわらず必要です。償却が終わる年に、賃料を下げるか、そのとき簿価がゼロに近くなったトラックを会社に売るかを決め直すことになります。

個人名義のまま業務で使うなら、保険の使用目的を変える

名義を個人に残す方式で見落とされやすいのが任意保険です。

自動車保険の契約には使用目的の区分があります。日常・レジャー使用、通勤・通学使用、業務使用の三つ。個人事業のときから業務使用で契約していれば問題ありませんが、そうでない場合は変更の申告が必要です。事故を起こしてから使用実態と契約が違うことが判明すると、保険金が支払われない可能性があります。

車検費用やガソリン代を会社が負担するのも同じです。会社の業務に使っているのだから会社の経費で構いませんが、私用と混ざっているなら按分の根拠が要ります。走行距離や稼働日数で説明できるようにしておいてください。

一人の会社でも、契約書と議事録は作る

社長個人と会社の取引は、会社法でいう利益相反取引にあたります。取締役が自分のために会社と取引をする形なので、株主総会または取締役会の承認が必要です。株主も取締役も社長ひとりだけの会社でも、承認の記録を残しておいてください。

用意するのは賃貸借契約書と議事録の2点です。契約書には対象の資産、賃料、支払期日、契約期間、修繕費や保険料をどちらが負担するかを書きます。とくに費用負担の取り決めがないと、会社が払った車検代の扱いを後で説明できません。

書面がないまま会社の口座から毎月3万円が社長個人に振り込まれていると、実態は役員報酬の上乗せではないかと見られます。定期同額給与の要件を外れた役員報酬は損金になりません。2枚の紙で防げる話です。

貸す方式が向かない資産もある

材料の在庫は貸せません。使えばなくなるものなので、売買にするか、法人成りの直前に使い切るかです。棚卸資産の譲渡は消費税の課税取引になるうえ、簡易課税の区分の判定も面倒になります。量を減らしておくだけで手続きが軽くなります。

売掛金と買掛金も、個人のまま回収と支払を済ませてください。得意先ごとに債権譲渡の通知を出す手間に見合いません。個人事業の廃業日までに完成した工事の代金は個人の売上、それ以降は法人の売上と切り分けるほうが、後から説明しやすくなります。

事務所や資材置場を借りている場合、賃貸借契約の名義は大家さんの承諾なしに法人へ変えられません。法人成りを決めた時点で管理会社に相談してください。設立日から逆算した段取りは会社設立の流れと必要書類|高崎で4月1日設立に間に合わせた実際の日程にまとめてあります。

借入は「移す」のではなく「引き受けてもらう」

資産と借入で決定的に違うのは、相手がいるかどうかです。工具を貸すのも売るのも個人と会社の合意で完結しますが、借入を法人に移すには金融機関の承諾が要ります。これを債務引受といいます。

冒頭の方の公庫の残債500万円についても相談しましたが、認められませんでした。個人事業の実績で審査した融資を、設立したばかりの別法人に引き継がせる判断になるので、簡単には通りません。保証協会の保証が付いている借入なら、協会の承諾も別に必要です。

個人に借入が残ると、返済の原資は役員報酬になります。元金の年間返済額が100万円だとすると、社長の手取りから返すわけですから、税金と社会保険料を引く前の額面では140万円ほど余計に必要です。負担率を3割として計算した概算ですが、会社の利益はその分だけ圧迫されます。役員報酬の水準そのものの決め方は法人成りの損益分岐点|利益いくらから得かは役員報酬で変わるで扱っています。

法人が個人の借入を黙って返すと、決算書に役員貸付金が立つ

よくあるのが、法人の口座から個人の借入を返してしまうケースです。事業のために借りた金なのだから会社が返して当然、という感覚は理解できます。

経理上は、法人が社長の個人的な債務を肩代わりしたことになります。処理は役員貸付金。会社が社長に金を貸している状態です。無利息だと利息相当額が社長の給与とみなされるので、認定利息の計上も必要になります。

この役員貸付金が次の借入で効いてきます。金融機関は事業に使われていない資産を除いて実質的な財務内容を判断するため、役員貸付金の分だけ純資産が目減りしたものとして評価されます。社長が会社の金を私的に使っている、という見え方にもなる。個人の借入は個人の口座から返し、その原資を役員報酬で確保する。手間に見えますが、決算書を汚さない方法はこれです。

個人事業の廃業に伴う届出は会社設立後の届出一覧|青色申告を出し忘れて80万円損をした話で確認できます。資産の扱いは登記が終わってから慌てて決める方が多いのですが、賃貸借にするか売買にするかで初年度の税金が変わります。設立日を決める段階で、何を貸して何を売るのかを一度書き出してください。

法人成りの資産の扱いのご相談

ミノラス会計事務所では、法人成りにあたって何を貸し何を売るかの設計、賃貸借契約書と議事録の作成、個人の最後の確定申告までを通してお手伝いしています。借入が残っている場合の返済計画も、役員報酬の設定と合わせて組み立てます。

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公認会計士・税理士・行政書士 長島祐太