「前の事務所から段ボール1箱もらってきました。これで足りますか」
引き継ぎの初回に、よくある場面です。中を見ると、決算書と申告書の控えは入っている。でも固定資産台帳がない。消費税の届出書の控えもない。これでは翌期の申告が組めません。
税理士を変えるとき、実際につまずくのは断り方ではなく資料です。何をもらうべきかを知らないまま「一式お願いします」と頼むと、相手が渡しやすいものだけが返ってきます。悪気がある場合よりも、聞かれなかったから出さなかった、というほうが多いです。
公認会計士・税理士の長島祐太が、引き継ぎで必ず受け取るべき資料と、それぞれが何のために要るのか、もらえなかったときにどう復元するかを書きます。
目次
決算と申告の控え
直近3期分を基本にしてください。5期分もらえるならそのほうがいいです。
・決算書(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表)
・法人税、地方税、消費税の申告書の控え(別表を含む一式)
・勘定科目内訳明細書
・法人事業概況説明書
別表を抜いた決算書だけ渡されることがありますが、別表がないと困ります。繰越欠損金の残高と発生年度は別表七に載っていますし、交際費や寄附金の限度額の計算、減価償却の償却超過額の有無も別表で見ます。「一式」と言うときは別表を含むと明示してください。
法人事業概況説明書は軽く見られがちですが、従業員数や取引先、月別の売上が書かれていて、前の事務所が会社をどう説明していたかが分かります。調査の場面でも使われる書類です。
帳簿
総勘定元帳を3期分。できれば会計データそのものですが、事務所のシステムで作られていると紙かPDFになります。それでも構いません。
元帳が要るのは、貸借対照表に載っている残高の中身を確認するためです。仮払金80万円と書いてあっても、それが何なのかは元帳を追わないと分かりません。役員貸付金、前払費用、仮受金あたりは、中身が分からないまま引き継ぐと翌期に動かせなくなります。
紙やPDFでしか出ない場合、新しい会計ソフトには期首残高だけを入れて、過去の取引は参照用として保存する形になります。過去分まで入力し直す必要はありません。
固定資産台帳がいちばん重い
引き継ぎ資料の中で、なくて困る度合いが最も高いのがこれです。
決算書に「機械装置 480万円」と書いてあっても、それが何台の何で、いつ買って、耐用年数が何年で、あと何年償却できるのかは台帳にしか書かれていません。これがないと翌期の減価償却費が計算できません。
あわせてもらうものが3つあります。一括償却資産の明細、少額減価償却資産として処理したものの明細、リース資産の一覧です。
一括償却資産は3年で均等に償却するので、途中で引き継ぐと残りの2年分が宙に浮きます。これを落とすと、本来使えたはずの損金を捨てることになります。追徴されるわけではないので誰も気づきませんが、会社は確実に損をしています。
過去に選んだことの記録
税務には「一度選ぶと、届出を出すまで続く」ものがいくつもあります。その選択の履歴が分からないと、翌期の判断ができません。
・消費税の各種届出書の控え(課税事業者選択、簡易課税選択、選択不適用など)
・青色申告の承認申請書の控え
・減価償却方法や棚卸資産の評価方法の届出書の控え
・特別償却や各種準備金を使っていればその明細
・インボイスの登録通知(登録番号と登録日)
特に消費税です。いま簡易課税なのか本則なのか、簡易課税を選んでから何年経っているのか。これが分からないと、翌期に有利な方法を選べません。簡易課税は一度選ぶと2年間は変えられませんし、やめるときも事前の届出が要ります。届出書の控えがなければ、税務署で確認するしかありません。
給与と源泉、そしてID
給与関係は年末調整をまたぐと面倒になるので、期の途中でも次の資料を確保してください。
・源泉徴収簿(従業員ごと)
・扶養控除等申告書などの年末調整の書類
・法定調書合計表と給与支払報告書の控え
・源泉所得税の納付書の控え(納期の特例を使っているかどうかも確認)
それから、IDとパスワードです。ここを忘れる会社が本当に多いです。
・e-Taxの利用者識別番号と暗証番号
・eLTAXの利用者IDと暗証番号
・会計ソフトや給与ソフトが会社名義の契約なら、そのアカウント
利用者識別番号は分からなくなっても取り直せます。ただし新しい番号にすると、過去に税務署から届いたメッセージボックスの内容は見られなくなります。過去の申告の受信通知や納税の記録が追えなくなるので、取り直しは最後の手段です。
もらえなかったときの復元手段
関係がこじれて資料が出てこない場合でも、打つ手はあります。
まず申告書です。税務署には申告書等閲覧サービスがあり、自分が提出した申告書を見ることができます。コピーはもらえませんが、一定の条件のもとで写真撮影が認められています。別表も見られるので、繰越欠損金や償却超過額はここで確認できます。本人確認書類が要るので、事前に管轄の税務署へ問い合わせてください。
所得金額だけであれば、納税証明書でも確認できます。届出の提出状況は、税務署に照会すれば教えてもらえます。
固定資産台帳の代わりになるのは、市町村に出している償却資産申告書です。資産ごとの取得年月と取得価額が載っているので、これと申告書の別表十六を突き合わせれば、ある程度は組み直せます。ただし償却資産申告書は土地・建物と車両が対象外なので、そこは登記簿や車検証、購入時の契約書から拾うことになります。
要するに、復元はできます。ただ時間と費用がかかります。最初から資料をもらっておけばゼロで済む作業です。
台帳がなかった印刷会社の例
チラシと封筒、冊子の印刷をしている会社です。社員6名、売上8,500万円。引き継ぎを受けたとき、決算書と申告書の控えは3期分そろっていたのに、固定資産台帳だけが入っていませんでした。前の事務所に依頼しても、システムから出せないという回答でした。
この業種は設備が重いです。オフセット印刷機、デジタル印刷機、断裁機、折り機、製本機、刷版の出力装置、それに工場の内装と空調。決算書の帳簿価額は合計で2,800万円ほどありました。
償却資産申告書と別表十六から復元して、18点まで特定できました。かかった時間はおよそ12時間、費用は8万円をいただいています。決算後にきちんと引き継いでいれば、かからなかったお金です。
復元の過程で2つ分かったことがあります。ひとつは、一括償却資産として3年で落としている途中のものが2件あったこと。これは台帳がないまま翌期を組んでいたら、確実に落としていました。
もうひとつは、4年前に入れたデジタル印刷機です。印刷業の機械装置は、デジタル印刷システムの設備と、それ以外の設備とで耐用年数が違います。この機械は短いほうで入れるべきところを、長いほうの区分で入力されていました。つまり毎期の減価償却費が本来より少なく、その分だけ多く税金を払っていたことになります。前の事務所の入力誤りでした。
社長には「12時間かけて出てきたのは、前の事務所のミスでした」と報告することになりました。笑い話のようですが、こういうことは珍しくありません。
受け取ったあとに必ず照合する4点
資料をもらって終わりではありません。新しい税理士が最初にやるべき確認が4つあります。会社側も、これをやってもらえているか見ておいてください。
・前期の貸借対照表と、新しい会計ソフトの期首残高が一致しているか
・繰越欠損金の残高と発生年度が、別表七の記載と合っているか
・固定資産の未償却残高の合計が、決算書の帳簿価額と一致しているか
・消費税の課税方式と、その届出がいつ出されたものか
ここを飛ばして月次を始めてしまうと、最初の決算で必ず止まります。引き継ぎの初月は、月次の処理より照合のほうが大事です。
資料をいつ請求するか、どう伝えるかについては今の税理士への断り方|角を立てずに契約を終える手順と文例に文例を載せています。解約の通知書に、必要な資料を具体的に書いておくのが確実です。
そもそも決算後に切り替えれば、これらの資料は申告が終わった時点で全部そろっています。期の途中で動くと、揃っていないものを揃えるところから始まります。理由は税理士を変えるベストタイミング|決算後がいい理由と期中変更のリスクに書きました。
引き継ぎ資料がそろうか不安な方へ
ミノラス会計事務所では、契約前の段階で、いま手元にある資料を見せていただいて、何が足りないかをお伝えしています。復元が必要な場合は、かかる手間と費用も先に出します。後から追加請求はしません。
ご相談はチャットワークとオンライン面談に対応しています。
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公認会計士・税理士・行政書士 長島祐太















