「3期分まとめてお願いしたいんですけど、だいたいいくらですか」
電話の最初の一言がこれでした。合同会社でデザインの仕事をされている方で、設立から3期、一度も申告していない。取引先の広告代理店から「新規取引口座の登録に直近の決算書が要る」と言われて、出せるものがないことに気づいたそうです。
金額を聞かれるのは当然です。ただ、私はこの電話で金額を言いませんでした。言えなかった、のほうが正確です。無申告の申告にかかる費用は、電話で聞いた情報だけでは決まらないからです。何で決まるのかを、この方の実例と一緒に書いていきます。
この記事の内容
費用は本税の大きさではなく、作業の量で決まる
無申告の税理士費用は、払う税金が多いか少ないかとは連動しません。利益が出ていて税額が大きい会社と、ほぼトントンで税額がわずかな会社があったとして、通帳の厚みが同じなら、帳簿を作る手間はほぼ同じです。費用を決めるのは税額ではなく、申告書にたどり着くまでに何をどれだけやるか、です。
無申告の案件で税理士がやることは、大きく分けて三つあります。帳簿を作ること、決算書を作ること、申告書を作って出すことです。普段から顧問税理士がいる会社では、一つ目の帳簿は毎月少しずつ積み上がっています。無申告の会社には、その積み上げがありません。何年分かの帳簿をゼロから作る作業が、費用の大半を占めます。
電話で金額を即答しないのは、この帳簿作りの量が、資料を見るまでわからないからです。「3期分」という情報だけでは、通帳が1冊なのか3冊なのか、現金商売なのか振込だけなのか、請求書が残っているのかが見えません。
見積りを左右する5つの要素
私が見積りを組むときに見ているのは、次の五つです。
1. 何年分か(何期分か)
年数は一番わかりやすい要素です。1期ごとに決算書と申告書が一式必要になるので、期数が増えれば費用は増えます。ただし、期数に正比例するとは限りません。同じ会社の3期分は、取引の相手も科目も似通っているので、1期目を作れば2期目以降は速く進みます。
2. 税目がいくつあるか
法人なら法人税と地方税は必ずあります。そこに消費税が乗るかどうかで、作業は一段増えます。消費税の申告には、取引ごとに課税か非課税か、税率は何パーセントかの区分が要るからです。源泉所得税を納めていない会社だと、そちらの整理も別に必要になります。税目が一つ増えると、帳簿の作り方そのものが変わる、と思っていただくとわかりやすいです。
3. 資料がどれだけ残っているか
ここが一番費用に効きます。法人口座の通帳があり、請求書を自分で発行していて控えが残っていれば、売上と入金は通帳と請求書を突き合わせるだけで固まります。逆に、現金の売上が多くて記録がない、個人の口座と混ざっている、という状態だと、売上を復元するところから始めなければなりません。復元の手間については帳簿も領収書もない状態から申告できるかに書いています。
4. 取引の件数
売上の金額ではなく、件数です。月に10件の入金と40件の出金がある会社と、月に300件の出金がある会社では、同じ年商でも帳簿の行数が違います。通帳の厚みが費用の目安、と言ったのはこの意味です。
5. 税務署から連絡が来ているか
お尋ねの封書や調査の連絡が来ていると、期限が切られます。期限内に何期分かを仕上げるには、通常の仕事を止めて集中して進めることになるので、同じ作業量でも費用は上がります。自分から出すのと連絡を受けてから出すのとで加算税が変わる話は無申告のペナルティ|加算税と延滞税で、実際いくら増えるのかに書きましたが、税理士費用の面でも、連絡が来る前のほうが安く済みます。
3期無申告のデザイン事務所で、見積りがどう組まれたか
冒頭の方の資料を、高崎の事務所で実際に見せていただきました。五つの要素がどう当てはまったかです。
・期数:設立1期目から3期目までの3期分。4期目は進行中
・税目:法人税と地方税のみ。売上は1期目620万円、2期目780万円、3期目840万円で、どの期も消費税の納税義務は生じていなかった。インボイスの登録もしていない
・資料:法人口座の通帳が1冊。請求書は自分で作っていて3期分の控えが全部ある。領収書は半分くらい。クレジットカードの明細はウェブで再取得できる
・件数:入金が月10件前後、出金が月40件前後
・税務署からの連絡:なし
五つのうち、費用を押し上げる要素がほとんどありませんでした。消費税がない、現金売上がない、通帳が1冊、期限が切られていない。この方の場合、費用の中心は3期分の帳簿作成と決算・申告の一式で、復元や調査対応の上乗せは要らない、という見積りになりました。
もし同じ3期分でも、2期目で売上が1,000万円を超えて3期目から消費税がかかっていたら、税目が一つ増えて帳簿の作り方が変わります。現金の売上があって記録がなければ、復元の作業が乗ります。「3期分」という電話の情報だけでは、この違いが見えません。
なお、この方の本当の問題は税理士費用ではなく、3期分の法人税と加算税、それに均等割でした。赤字でも申告が要る理由と、放置したときに失うものは法人の無申告|赤字でも申告が必要な理由と、2期続けて失うものに書いています。
着手金がお見積りの半額である理由
当事務所では、無申告の案件の着手金をお見積りの半額にしています。残りは申告書を提出するときにいただきます。
理由は二つあります。一つは、無申告の相談に来る方の多くが、税理士費用の前に税金そのものの支払いを控えていることです。本税と加算税を納める直前に税理士費用を全額先払いしてもらうのは、順番として無理があります。申告書が出て、税額が確定して、納付の段取りがついてから残りをいただくほうが、依頼する側の資金の流れに合います。払えない場合に分けて納める方法は払えないから申告できない|無申告の税金を分けて納める方法と、申請のタイミングに書きました。
もう一つは、見積りを資料を見てから出しているからです。電話の段階で概算を言って着手し、あとから「資料がこうだったので追加です」とやるのなら、着手金を少なくする意味はありません。先に資料を確認して金額を固めるからこそ、半額で着手して残りを提出時に、という組み方ができます。問合せの電話で金額を即答しない理由と、着手金が半額である理由は、同じところから来ています。
費用を下げるのは、依頼する側の資料の揃え方
税理士費用を下げられる余地は、税理士側より依頼する側にあります。見積りの要素のうち、期数と税目と税務署の連絡は動かせませんが、資料の状態は相談の前に動かせるからです。
・法人口座の通帳。紛失していれば銀行で取引明細を再発行してもらう。群馬銀行や東和銀行、しののめ信用金庫のどこでも、過去数年分は窓口で出してもらえます
・自分が出した請求書の控え。パソコンのデータでも構いません
・クレジットカードの利用明細。ウェブで取れる範囲は取っておく
・個人の口座から経費を払っていた場合は、その口座の通帳も
ここまで揃えてから相談に来ていただくと、費用は「帳簿作成と申告」の部分だけで組めます。領収書が半分なくても、通帳とカード明細があれば支払の事実はたどれるので、そこで費用が跳ね上がることはあまりありません。
逆に、資料を揃えるのを後回しにして「とにかく先に金額を」と進めると、着手してから足りないものが次々出てきて、こちらも依頼する側も時間を使います。最初に見せていただく資料が多いほど、見積りは正確になり、結果として安く済みます。
税理士費用と税金は別の話
最後に、問合せでよく混ざる点を一つ。税理士費用と、納める税金は別です。税理士費用は税理士に払うもので、本税・加算税・延滞税は税務署と県・市に納めるものです。
無申告の相談で先に見るべきは税理士費用ではなく、納める税金のほうです。何年分でいくらになりそうか、自分から出した場合と連絡を受けてからとで差がいくらか。その全体像を先に出して、税理士費用はそのあとに置く、という順番で話をしています。全体の流れは無申告のまま何年も経っている|連絡が来る前に出すかどうかで、ここまで変わるにまとめています。
なお、法人が払った税理士費用は、支払った期の経費になります。3期分の無申告を解消するために払った費用は、進行中の期の損金として落ちます。個人事業の方も同じで、事業に関する税理士報酬は必要経費です。















