「経理をやっていたパートさんが、来月で辞めることになりまして。すぐ次を採らないと回りません」
魚の養殖場と、その魚を出すレストランを1社でやっている会社の社長から、そう電話をもらったことがあります。社員12名、売上1億1,000万円。辞めるのは勤続14年の方で、養殖側の請求も店の売上金の管理も、会社のお金まわりを一人で全部やっていました。
気持ちは分かりますが、私は「採用の前に、その人が何をやっていたのかを書き出しましょう」と伝えました。同じ仕事をそのまま引き継げる人を探すと、条件が厳しくなって採用は長引きます。しかも中身を見ると、会計事務所や自動化に出せる部分がかなり混ざっていることが多いです。
経理担当が抜けたときの選択肢は、採用・外注・自計化の3つです。公認会計士・税理士の長島祐太が、それぞれのコストと向き不向きを、実際の数字で比べます。
最初にやるのは業務の書き出し
「経理」と呼ばれている仕事は、実際には性質の違う作業の集まりです。まずこれを分けないと、3つの選択肢を比べることができません。
・請求書の発行と発送
・入金の消し込みと督促
・仕入・外注の支払処理と振込
・現金の出納と小口精算
・会計ソフトへの入力
・給与計算と社会保険の手続き
・年末調整
・請求書や領収書の整理と保存
この中で、会計事務所に出せるのは会計ソフトへの入力と年末調整、社会保険の手続きは社会保険労務士の領域です。請求書の発行と入金の消し込みは、会計というより販売管理で、営業や事務の側に置いたほうが早いことが多い。
辞めた人が全部を一人でやっていた会社ほど、この分解をしていません。だから「同じことができる人」を探そうとして、募集の条件が現実離れします。
選択肢1:採用する
経理担当を1名採る場合の年間コストを出しておきます。月給23万円で採ると、年収は276万円。ここに会社負担の社会保険料が乗ります。健康保険、厚生年金、雇用保険、子ども・子育て拠出金を合わせると、おおよそ給与の15%です。276万円の15%で約42万円。
求人媒体に20万円かけたとすると、初年度は合計で約338万円です。翌年以降も約318万円がかかり続けます。
採用が向いているのは、経理以外の仕事も任せられる会社です。受発注、電話対応、来客対応、総務。経理だけを切り出すと1人分の仕事量にならない規模なのに、経理専任で採ってしまうと割高になります。
もうひとつ、採用にはまた同じことが起きるリスクがあります。1人に全部を任せる形に戻れば、その人が辞めたときにまた止まります。属人化を作り直すことになるので、採るなら「作業手順を残す」ことを条件にしてください。
選択肢2:外注する
記帳を会計事務所に出す形です。月額は取引量で決まりますが、月100〜300仕訳くらいの規模なら月3万円から6万円あたりが目安になります。給与計算を社会保険労務士に出すと、10名程度で月1万5,000円前後です。
外注が向いているのは、取引が銀行振込中心で、請求書もデータでやり取りしている会社です。資料をまとめて渡せるので、社内に残る作業が少なくて済みます。
向かないのは、現金取引が多い会社と、現場での立替払いが多い会社です。領収書を集めて中身を確認する工程が社内に残るので、外に出しても手離れしません。この場合は先に、支払いを法人カードに寄せる、立替精算をアプリに乗せる、といった整理が要ります。
外注の弱点は、社内に数字が分かる人がいなくなることです。「この請求書、どの現場のものですか」と聞かれて答えられる人が1人も残らないと、月次が止まります。窓口を1人決めて、その人が資料を集めて渡す形にしてください。
選択肢3:自計化する
クラウド会計を入れて、社長か既存の社員が自分で入力する形です。ソフトの費用は月数千円から1万円台なので、金額だけ見れば一番安く上がります。
銀行口座とクレジットカードを連携させれば、入出金のデータは自動で取り込まれます。取引先ごとに勘定科目を覚えさせれば、同じ支払いは次から自動で仕訳になる。ここまでは本当に手がかかりません。
問題は残りです。売掛金の消し込み、在庫、給与、決算に向けた振替。ここは連携では埋まりません。自計化を選んだ会社が3か月目でつまずくのは、たいていこの部分です。
自計化が向いているのは、取引がデジタルで完結していて、月の仕訳が100件を切るくらいの規模です。社長が数字を見たい人なら、自分で入れることで見えるものもあります。逆に、社長が現場に出ずっぱりの会社で自計化を選ぶと、入力が3か月遅れて結局どこにも数字がない状態になります。
養殖場とレストランで年231万円の差が出た話
冒頭の会社で、実際に業務を書き出してもらいました。出てきたのは、月あたりおよそ160時間分の作業です。
中身を分けると、4割が養殖側の請求と入金の消し込みでした。料理店や鮮魚店など出荷先が40社ほどあって、締め日が末締めと20日締めに分かれている。もう2割はレストランの日次の締めで、レジの現金合わせと、キャッシュレス決済3社からの入金の照合です。会計ソフトへの入力と給与計算は、残りの4割でした。
この会社にとって重かったのは、会計そのものではなく販売管理と店の締めだったわけです。
そこで、養殖側の請求と消し込みは、もともと出荷データを打っている事務の方に移しました。同じ画面から続けたほうが早いからです。勤務時間を週5時間増やしてもらって、年間で約29万円です。レストランの日次締めは店長に移しました。レジ締め自体はもともと店でやっていたので、売上金を翌営業日に入金することと、現金残高を写真で残すことを足しただけです。
そのうえで、記帳は当事務所で引き取って月4万円、年48万円。給与計算と社会保険は社会保険労務士に出して月1万5,000円、年18万円。領収書と請求書はスキャンして渡す形にして、その手間を含めて月1万円、年12万円を見ました。合計で約107万円です。
現金商売が混ざっている会社は外注しにくい、と先に書きました。この会社が外に出せたのは、レストランの現金を日次で締めて銀行に入れる形に変えたからです。そこを直さずに記帳だけ出していたら、店の売上が合わないたびに事務所とやり取りが発生して、手離れしていません。
経理担当を採用していれば初年度338万円ですから、差は年231万円になります。人を採らなかったぶん、社長は求人と教育に使う時間も使っていません。
ただし、いいことばかりではありませんでした。最初の2か月は、どの資料をいつまでに渡すかの段取りが決まらず、月次が遅れています。14年間その人の頭の中にあった手順を、外から作り直す作業に時間がかかりました。辞めると分かった時点で手順を書き出してもらっておけば、この2か月は縮められたはずです。
判断の順番
3つのうちどれか1つを選ぶ、という考え方をしないでください。順番があります。
1. 業務を書き出して、会計・販売管理・労務に分ける
2. 自動化できるものを外す(口座とカードの連携、請求書発行の仕組み)
3. 残りのうち、外に出せるもの(記帳・給与計算)を出す
4. それでも社内に残る仕事の量を見て、採用するかどうかを決める
この順番でやると、採用するとしても求める条件が現実的になります。「経理全般ができる人」ではなく「請求と入金の管理ができる人」なら、募集の間口は広がりますし、給与水準も変わります。
それから、辞める人が在籍しているうちにやっておくことがひとつあります。作業の手順を書き出してもらうことです。締め日、振込日、どの取引先が何日締めか、誰に確認するか。引き継ぎ書がないまま抜けられると、外注も自計化も立ち上がりが2か月遅れます。
なお、記帳を外に出すという判断は、いまの顧問税理士との関係にも関わります。記帳まで受けてくれるのか、自計化を前提としか言われないのか。ここで話が噛み合わないなら、契約そのものを見直す時期かもしれません。判断のしかたは税理士を変えるベストタイミング|決算後がいい理由と期中変更のリスクに書いています。
記帳を出しても、その数字の説明がなければ意味は半分です。決算書の説明がない|数字を渡されるだけの顧問契約で失っているものもあわせてご覧ください。
経理をどこまで外に出すか迷っている方へ
ミノラス会計事務所では、いまの経理業務を書き出したうえで、自動化できる部分・外に出せる部分・社内に残る部分に分けてお見せしています。そのうえで、採用した場合との年間コストを並べて比較します。
記帳をお引き受けする経理代行は、品質を落とさないために受入枠に限りがあります。時期によってはお待ちいただくことがあります。
ご相談はチャットワークとオンライン面談に対応しています。
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公認会計士・税理士・行政書士 長島祐太















