「自己資金は300万円あります。ちゃんと通帳に入っています」
高崎市内の居抜き物件で飲食店を開こうとしていた方が、初回の面談でそう言いました。通帳のコピーを見せてもらいました。たしかに残高は312万円ありました。ただ、そのうち280万円が3週間前に一度で入っています。
その場で聞きました。このお金はどこから来ましたか。
答えは「父から」でした。いずれ返すつもりだ、とも言われました。
この状態のまま日本政策金融公庫に申し込んでいたら、確実に突っ込まれます。そして自己資金としてはほとんど評価されません。返す約束のあるお金は、自己資金ではなく借入だからです。
自己資金は、金額そのものより「どう貯まったか」を見られます。ここを誤解したまま申込書を出す人が本当に多い。今回は、公庫の担当者が通帳のどこを見ているのか、そして親からの援助をどう処理すれば自己資金として認めてもらえるのかを書きます。
目次
1. 公庫が見ているのは残高ではなく「貯まり方」
2024年の制度改正で、日本政策金融公庫の新創業融資制度は新規開業資金に統合されました。このとき、創業資金総額の10分の1以上という形式的な自己資金要件はなくなっています。制度上は自己資金ゼロでも申し込めます。
ただ、要件がなくなったことと、見られなくなったことは別です。申込時には預金通帳のコピーを求められます。直近半年から1年分。ここを免除された事例を、私は一度も見たことがありません。
担当者が通帳のどこを見ているか。残高の数字ではありません。線の形です。毎月同じ日に少しずつ増えているのか、ある日突然跳ね上がっているのか。前者は計画的に準備できる人だと判断されます。後者は、まず理由を聞かれます。
面談に同席していると、質問の言い回しでよく分かります。「いくら貯まりましたか」とは聞かれません。「どうやって貯めたんですか」と聞かれます。自己資金は、資金力を測る材料であると同時に、その人の計画性を測る材料として使われています。
だから、300万円を3年かけて貯めた人と、300万円が先月一度に入った人では、同じ300万円でも評価がまったく違います。
2. 見せ金が一発でバレる理由
一括入金は必ず理由を聞かれる
通帳は時系列の記録です。数十万円、数百万円が一日で入れば、前後の動きと比べて明らかに浮きます。月々の給与振込が25万円の口座に、ある日280万円が入る。隠しようがありません。
聞かれること自体は問題ではありません。問題は、そこで説明が詰まることです。言葉に詰まる、後から話が変わる、書類と口頭の内容が食い違う。この時点で、通帳の話が終わって人物の話に変わります。
「返す約束」があるものは自己資金ではない
自己資金とは、返済義務のない、自分のお金のことです。返す約束があるものは、相手が親でも兄弟でも借入です。契約書がなくても、本人が「いずれ返します」と言えばそれは負債です。
冒頭の方も、悪意があったわけではありません。父からもらったお金を通帳に入れておけば自己資金になる、と素直に思っていただけです。ここは本当に誤解されています。
失うのは金額ではなく信用
見せ金がまずいのは、その金額が自己資金から外れるからではありません。創業計画書に書いた売上予測や経費の見積もりまで、同じ目で見られるようになるからです。数字を作る人だと思われたら、その先の説明はほとんど効きません。
そして一度断られると、すぐの再申請は現実的ではありません。私は半年ほど間を置いて、資金の状況を整えてから出し直しましょうと伝えることが多いです。その場をしのぐために半年を失うのは、割に合いません。
面談でどこまで踏み込んで聞かれるかは、創業融資の面談対策|審査に落ちる人の共通点にまとめています。
3. 親や親族からの援助は、正しく処理すれば自己資金になる
誤解のないように書いておきます。親からの援助を受けること自体は、まったく問題ありません。むしろ創業時にはよくある話です。問題は処理の仕方だけです。
贈与にするなら、契約書を作って贈与税を確認する
返さなくていいお金にするなら、贈与契約書を作ります。日付、金額、無償で贈与する旨、贈る側と受け取る側の署名。用紙は市販のもので構いません。
そのうえで贈与税を確認します。基礎控除は年間110万円。これを超えた分に税金がかかります。仮に父から200万円の贈与を受けたなら、課税されるのは110万円を引いた90万円。税率10%で9万円です。翌年の2月1日から3月15日までに申告して納めます。
9万円は決して小さくありません。ただ、この9万円を払っておくと、面談で「返済義務のない資金です」と言い切れます。契約書と申告書という裏づけがあるからです。ここは費用対効果で考える場面だと思っています。
借入にするなら、計画書に負債として書く
返すつもりなら、隠さずに借入として書きます。借用書を作り、返済期間と月々の返済額を決めて、その返済を収支計画に組み込む。これだけです。
親族からの借入があると不利になると思われがちですが、そんなことはありません。書いてある内容と通帳の動きが一致していれば、むしろ計画の精度が高いと評価されます。減点されるのは、書いていない借入が後から出てきたときです。
冒頭の飲食店の方の、その後
この方には、まずお父様と話してもらいました。280万円のうち200万円は返さなくていい、残り80万円は余裕ができたら返す、という整理になりました。
そこで200万円分の贈与契約書と、80万円分の借用書を作りました。贈与税9万円は翌年に申告して納めています。創業計画書には、自己資金として本人の預金32万円と贈与200万円の合計232万円、負債として親族借入80万円を、それぞれ分けて記載しました。
面談では、通帳の一括入金について時系列で説明してもらいました。いつ、誰から、どういう趣旨で受け取ったか。契約書があるので、話はすぐ終わりました。
希望額500万円に対して、実行額は450万円。減額はありました。それでも、見せ金のまま出していたらこの結果にはなっていません。
4. 認められやすい自己資金、認められにくい自己資金
実務でどう扱われているかを、整理しておきます。
認められやすいもの
・給与から毎月積み立てた預金
・退職金
・生命保険の解約返戻金
・贈与契約書のある親族からの贈与
・すでに支払った開業準備費用(みなし自己資金)
認められにくいもの
・出所を説明できない入金
・申込直前に一時的に借りて入れた資金
・カードローンや消費者金融から調達した資金
・本人名義でない口座の残高
見落とされやすいのが、最後の「みなし自己資金」です。物件の保証金、内装工事の手付金、先に買った機材。申込前にすでに支払ったものは、領収書と契約書があれば自己資金に足せます。通帳から出ていった記録が残っていれば、それが証拠になります。
これを知らずに、通帳の残高だけで自己資金を申告している人が本当に多い。100万円単位で変わることもあります。
それから、手元にいわゆるタンス預金がある場合。入れるなら今すぐ口座に入れてください。入金してから時間が経つほど説明しやすくなります。申込の直前に入れると、見せ金と同じ形に見えてしまいます。
5. 出所を追跡できる形にするための3つの準備
口座を隠さない
複数の口座を持っているなら、全部出します。都合の悪い口座を伏せたくなる気持ちは分かりますが、出していない口座から資金が動いていると、後から辻褄が合わなくなります。提出した通帳のなかに「どこから来たか分からない入金」が生まれるからです。
資金は振込で動かす
口座から現金で引き出して、別の口座に現金で入れる。これをやると、履歴が切れます。同じ日に同じ金額が動いていても、記録の上ではつながりません。口座間の移動は、必ず振込で行ってください。数百円の手数料で、説明の手間が消えます。
領収書と契約書を捨てない
開業準備で支払ったものは、金額の大小にかかわらず全部残します。みなし自己資金として使えるだけでなく、いつから準備を始めたのかを示す資料になります。半年前から動いている人と、思い立って2週間の人では、計画の重みが違って見えます。
6. 自己資金が少ないとき、どうするか
自己資金が少ないこと自体は、致命的ではありません。制度上の要件はすでにありませんし、実際に自己資金が少ない状態で実行された案件も見ています。ただ、希望額どおりに出ることは少ない。ここは正直に書いておきます。
選択肢は三つあります。
一つ目は、時期をずらすこと。半年間、毎月10万円ずつ積み立てれば60万円になります。金額は60万円でも、通帳に残る「毎月きちんと積み立てた線」の価値はそれ以上です。開業時期に余裕があるなら、これがいちばん確実です。申込のタイミングについては融資は会社設立の前と後、どちらで申し込むべきかにも書きました。
二つ目は、借入先を組み合わせること。公庫だけでなく、群馬県の制度融資を群馬銀行・東和銀行・しののめ信用金庫などの窓口から使う方法があります。高崎市には創業者向けの保証料補助と利子補給の制度もあります。年度によって条件が変わるので、高崎市役所の商工振興課に確認してください。詳しくは創業融資はどこで借りるべきかにまとめています。
三つ目は、必要な金額そのものを見直すこと。設備の一部をリースにする、中古で揃える、開業当初の人員を減らす。借りる額が下がれば、自己資金の比率は自動的に上がります。
見せ金は、目の前の審査を通すために、その先の信用を差し出す行為です。私は融資の面談に同席する立場で創業の現場を見てきましたが、正直に組み立てた計画のほうが、結局は強い。書類の整合性は、ごまかしようがないところで効いてきます。
自分の自己資金がどう見られるか判断がつかない、親からの援助をどう処理すればいいか分からない。そういう段階でご相談いただくのがいちばん助けになります。申込書を出す前なら、打てる手がまだ残っています。
私がどういう考えで創業支援に関わっているかは、代表挨拶をご覧ください。
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