「領収書も何も残ってないんです。それでも申告ってできるんですか」
無申告のご相談で、金額の次によく聞かれるのがこれです。資料がないから相談しても仕方がない、と思って何年も止まっていた方もいます。
答えは、できます。そして、資料がないことは、申告しない理由にはなりません。申告の義務は収入があったかどうかで決まっていて、手元に書類が残っているかどうかとは関係がないからです。
ただ、何でも取り戻せるわけではありません。外から集め直せるものと、もう戻らないものがあります。そして戻らないものは、時間とともに増えていきます。今回はその線引きと、実際にどう組み立てたかを書きます。群馬県高崎市で会計事務所をやっている立場からの話です。
目次
売上は、ほとんど外から集め直せる
まず売上です。こちらは思っているより戻ります。理由は単純で、お金を払った側に記録が残っているからです。
通帳の取引履歴 金融機関の窓口で過去分を出してもらえます。入金はここでほぼ拾えます
取引先の支払明細 法人相手なら、依頼すれば出してもらえることが多い
決済サービスの管理画面 キャッシュレス決済、ネット販売、フリマ、配達アプリなど
請求書の控え 会計ソフトや請求書作成サービスを使っていたなら、中に残っています
税務署が把握している情報も、多くはこの経路から来ています。無申告がどこから把握されるかに書いたとおり、向こうも同じ場所を見ている。こちらが集め直せる情報は、向こうも持っている可能性が高いということです。
難しいのは現金の売上だけです。ここは後で扱います。
経費は、戻るものと戻らないものに分かれる
経費は事情が違います。売上と逆で、記録が残っているのはこちら側だけだからです。自分で集めないと、誰も拾ってくれません。
戻るもの。
クレジットカードの利用明細。経費の大半はここから拾えます
口座からの引落し。家賃、通信費、保険料、リース料
ネット通販の購入履歴。アカウントに何年分も残っていることが多い
車両や設備の契約書・ローンの書類
店舗の会員カードやポイントカードの購入履歴
戻らないもの。現金で払って、領収書も受け取らず、どこにも記録がない支出です。駐車場代、少額の消耗品、現金での仕入。ここは基本的に、根拠を示せる範囲でしか計上できません。
つまり、資料がない状態からの申告で目減りするのは売上ではなく経費のほうです。放置している間に失われていくのは、自分に有利な証拠ばかりということになります。
キッチンカーで3年分を組み立てた方
キッチンカーで移動販売をされている方のケースです。平日はオフィス街、週末はイベントに出店。3年間申告をしておらず、ご相談に来られたときの手持ちは、通帳とスマートフォンだけでした。
売上はキャッシュレス決済が6割ほど、残りが現金です。キャッシュレス分は決済サービスの管理画面から3年分をそのまま出力できました。ここは問題ありません。
現金分が問題でした。ところが、ここで効いたのがイベントの出店料です。週末のイベントの多くは、出店料が売上に応じた歩合制になっていて、主催者に毎回売上を報告していた。その報告の控えを主催者に出してもらうと、週末の現金売上の大半が日単位で分かりました。
経費のほうは、食材の仕入を業務用スーパーでしていて、会員カードに購入履歴が残っていました。ガソリンはカード払い、車両はローンの契約書があり、出店料は主催者からの請求で確認できる。領収書は1枚もない状態から、経費の大部分を記録で組み立て直せたことになります。
売上は3年とも1,000万円を下回っていたので、消費税の納税義務はありませんでした。所得税と住民税を3年分まとめて提出し、この方は今、決済サービスと仕入の履歴を月に一度出力する運用に切り替えています。
どうしても分からない部分をどう扱うか
先ほどの方でも、平日の現金売上には記録がない日がありました。主催者のいない、オフィス街の出店です。
こういう部分は、説明できる根拠を置いたうえで、合理的な方法で金額を出します。このケースでは、キャッシュレスと現金の比率が記録の残っている日でほぼ一定だったので、平日のキャッシュレス売上からその比率で現金分を出しました。どういう計算をしたのかは、あとで聞かれても答えられるよう書面に残してあります。
大事なのは、分からない部分を少なく見積もらないことです。売上を控えめに出して、あとから違うと言われると、意図的に除いていたのではと見られます。そうなると上乗せの枠そのものが変わります。この扱いの違いは加算税と延滞税でいくら増えるかに整理しました。
逆に、経費を根拠なく多めに入れるのもいけません。こちらが手を加えられるのは、説明できる範囲だけです。
消費税は、帳簿がないと差し引けない
キッチンカーの方は免税の範囲でしたが、売上が大きい方の場合はここが一番重くなります。
消費税は、預かった分から支払った分を差し引いて計算します。ところが、差し引くには帳簿と請求書等を保存していることが条件になっています。所得税の経費のように、ほかの記録から推し量って計上するということができません。
結果として、資料がない状態だと、預かった消費税がほぼそのまま残ります。所得税は経費を組み立て直せば下がるのに、消費税は下がらない。資料がないことの影響が一番大きく出るのがここです。
カード明細や引落しの記録が請求書等の代わりになるかどうかは、取引の内容によって判断が分かれます。ここは個別に見る必要があります。
待っている間に消えていくもの
戻るものの中にも、期限つきのものがあります。
ネット銀行やカードの明細は、画面で見られる期間が短いものがあります。過ぎてしまうと、別途申請が必要になったり、取得できなくなったりします。決済サービスの管理画面も、出力できる期間に制限がある場合があります。取引先の担当者が代わると、明細を出してもらうのに時間がかかるようになります。
一方で、税務署が持っている売上の情報は消えません。時間が経つと、向こうの情報は残り、こちらの証拠だけが減っていく。放置が不利になる一番の理由はこれです。
相談に来る前でも、今日できることがひとつあります。見られる明細を、今のうちに全部ダウンロードしておいてください。それだけで、あとから取り戻せる範囲が変わります。
組み立て直した翌年から変えること
過去の分を出しただけで終わると、同じことが繰り返されます。次の3つだけは変えてください。
事業用の口座とカードを1つずつに絞る。生活費と混ざっていても申告はできますが、分けるだけで作業量が大きく減ります。
現金で払う場面を減らす。キャッシュレスにすれば、記録は勝手に残ります。どうしても現金になる支出は、スマートフォンで領収書を撮影しておく。
月に一度、明細を出力して保存する。先ほどの方が今やっているのがこれです。自分で入力しなくても、材料さえそろっていれば申告は組めます。入力まで外に出すなら、経理をどこまで丸投げできるかに範囲の分け方を書いてあります。
資料がないことを理由に止まっている方は、まず通帳を持ってきてください。そこから先は、こちらで組み立てます。進め方全体は無申告のまま何年も経っている場合の手順にまとめてあります。















